2011年9月2日金曜日

寝室の思想 井上友一郎

1948


書 名 寝室の思想
著作者 井上友一郎(1909−1997)
発行人 笊畑忠生
発行日 昭和23年1月15日
発 行 生活文化社
発行所 東京都中央区京橋2−8
印 刷 大日本印刷株式会社
判 型 B6判 上製平綴じ 本文212ページ
定 価 55円


扉 (但し角印は元所有者の蔵書印)

奥付

ウラ表紙


【ひとこと】エッセイ集のような印象をあたえるが、表題作『寝室の思想』をふくむ全六作からなる短篇小説集。淡いサーモンピンクの表紙が褪せてしまって、はなはだ残念。ローマ字の書名と著者名が、なぜか右から左へ記してある。そこに花森安治のメッセージがこめられているような気がするのだが、よくわからない。

扉は毛筆。森川辰郎『松江』の書名もそうであったけれど、花森が筆で字をかくとき、筆運びは、ゆっくりしていたとおもう。ただし、ゆっくりではあったが、とちゅう筆をやすめたり、墨をたすようなことは、なかったであろう。静かに息をととのえ、一画一画おなじ早さで書いたことは、書道家なら容易に見てとれる筈だ。「書は体をあらわす」と聞いたことがある。


表紙全体


【もうひとこと】書名と表紙から、なにやらなまめかしいものを想像するのは、小生の修行のいたらなさゆえである。これが布団に行灯、煙草盆に屏風では、近松の世界になってしまうけれど、なんだかイタリア的な陽気さを想像させるのは、やはり花森安治ならではのセンス。陰湿さがない。

ところで、寝室の思想とは何か。井上友一郎は主人公の菊之助にこういわせている。
「——たとえば、赤だす。あら社会主義の思想だすな。それからカトリックの思想がおますな。虚無主義、無政府主義、帝国主義、その他、色々、なんぼでも思想はおますな。そやけど、かういふ思想は、みんな男の思想ですわ。ホナ、そのほかに、いったい、どんな思想があるかと云ふと、一つ、おますわ。寝室、——つまり、寝床やな——この、寝室でしか考えん思想ちゆうものが確かにおますわ。而も、こいつは、まア云ふたら女の思想や、女だけの身に付けて居よる思想や。男には、それはおまへん。女だけや。女は全部、この寝室の思想を土台にして、生きて行きよるもんだすな。(後略)」(原文正字正かな)

井上は、民主主義や自由主義とは書いていないけれど、思想というものに懐疑的である。それは見方をかえれば、「寝室の思想がある」といっても、世の男はだれも相手にしないという現実への、深いゲンメツなのかもしれない。

1969年3月20日、ベトナム戦争のさなか、ジョン・レノンとオノ・ヨーコは結婚した。そしてマスコミを集め、ふたりが演じたパフォーマンスが「ベッド・イン」であった。「清く正しく美しく」をモットーに生きようとした二十歳の小生には、それはスキャンダラスな奇行でしかなかった。清くも正しくも美しくもなくなった今、ようやく気づく。ふたりが表現したかった思想こそ「寝室の思想」ではなかったかと——。