2015年9月17日木曜日

樹をみつめて

2006



書 名 樹をみつめて
著 者 中井久夫(カバー写真とも)
発行日 平成18年9月20日
発 行 みすず書房
発行所 東京都文京区本郷5−32−21
印刷所 本文 三陽社 扉・表紙・カバー 栗田印刷
製本所 青木製本所
判 型 四六判 上製カバー 本文268ページ
定 価 2800円+税



《戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない》

《今、戦争をわずかでも知る世代は死滅するか現役から引退しつつある》

《戦争はいくら強調してもしたりないほど酸鼻なものである。しかし、酸鼻な局面をほんとうに知るものは死者だけである》

《時とともに若いときにも戦争の過酷さを経験していない人が指導層を占めるようになる。長期的には指導層の戦争への心理的抵抗が低下する。その彼らは戦争を発動する権限だけは手にしているが、戦争とはどういうものか、そうして、どのように終結させるか、その得失は何であるかは考える能力も経験もなく、この欠落を自覚さえしなくなる》

 ——その結果、
きょう平成二十七年九月十七日、参議院特別委員会でまた、わが国の憲政史上にひときわ大きな汚点がしるされた。安倍政権は、主権者である国民の声を無視して、戦争法案を強行可決した。


上の《》にくくった文節は、中井久夫著『樹をみつめて』におさめられた「戦争と平和についての観察」からの引用です。初出は平成十七年九月、すなわち中井先生はすでに十年前、戦争を知らない世代がおこすであろう愚挙を予見されていたことになります。中井先生が予見できたのは、特殊な予知能力によるものでは、むろんありません。学者としての誠実な探求と知見をとおして、古今東西につうじる<真理>を導きだされたのです。中井先生のこのエッセイは、政府与党が公述人として招致した曲学阿世の徒の無知蒙昧ぶりとは、まさに対極にあります。学問とは何かがわかります。

わたしは昨年の夏、このブログでNHKの報道姿勢の偏向を問いました。しかしこの一年の政府偏向ぶりはひどくなる一方で、昨夜からきょうにかけての報道はその頂点に達したとおもえました。とりわけ政治部の田中泰臣記者の政権阿諛追従ぶりには、腹立たしさを通りこして、憐れすらもよおしました。だまし討ちを謀った鴻池委員長とともに、その名を末代まで辱めることに、はたして気づいているのでしょうか。

こんかいの戦争法案が、いったいだれのためか、だれを守るものか、この中井先生の著述には的確にしめす一節がひそんでいます。

《イラク戦争においても、米軍がバグダッドに迫ったときには兵站線が伸びきって補給が追いつかず、飲まず食わずに近い状態であったという》

わたしたち日本人は、太平洋戦争の敗因のひとつは兵站(武器弾薬および食料補給)の枯渇にあり、米軍の豊富な物資にまけたと思い込んでいます。つまりそれが先入観としてあって、米軍への後方支援(兵站)がさも容易であるかのように錯覚させてはいないでしょうか。いまの米軍はちがうのです。終りのない戦いで、モノ・カネ・人がたりません。

政府は兵站の容易ならざることを知っています。だからこそ「非戦闘地域にかぎる」という文言を法案から外し、国民の目をあざむいて、「後方支援」というあいまいな名目で、自衛隊をどこにでも派遣できるようにしたいのです。

この一事をもってしても、こんかいの法案が、日本の安全保障であるかのようにみせかけた、米軍のための戦争法案であることが明白です。イラク戦争の時、NHKの報道記者がフリーランスにたよらず、みずからが戦場に立って取材していれば、「後方支援」のまやかしがすぐにわかったはずです。上からああ言えこう言えと指示されて、台本どおりに報道するのならば、それはジャーナリズムではありません。記者という職責への侮辱です。田中記者は自らに問い、もっと深く悩むべきです。


きょうはこころがざらついて、よけいなことを書きすぎた気がします。要は、中井先生のこの本を、みなさんにお薦めしたかったのです。かつて中井先生はわたしに、花森安治の編集手法の特質は「親試実験」にあった、と指摘してくださいました。ひとのことばを鵜呑みにするのではなく、みずから確かめることが大事ということです。なにかおかしいと感じたら、なぜだろうと考える。まずはそこから始まるのでしょう。奥田くんの公述に感動したなら、集団催眠にかかっているかのような政府与党のおかしさを、いったいなぜなのかと疑いつづけるべきでしょうね。わたしのおもうところ、戦争法案をあくまでも違憲ではなく合憲と主張しなければ、国会議員としての「法的安定」を否定することになるからでしょう。

十九日未明、戦争法案は参議院でも自民公明与党らの賛成多数によって可決され、法律として成立しました。この瞬間、政府与党だけでなくすべての国会議員は、憲法違反者の集団と化したのではないでしょうか。この状態を正すのが司法に課せられた役割です。はたして司法は、憲法を遵守するでしょうか。

【日本国憲法】
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。


「安全保障関連法に反対する学者の会」
9月20日 学者の会抗議声明100人記者会見
https://www.youtube.com/watch?v=QkIeX62Ywfc&feature=youtu.be