2016年10月22日土曜日

大下宇陀児 生誕120年特別展

案内リーフレット


小生が暮す長野県箕輪町がうんだ探偵小説作家、大下宇陀児の生誕120年を記念して、町の郷土博物館で、特別展がはじまりました。

大下宇陀児は、江戸川乱歩や横溝正史らと共に日本の推理小説界の発展に大きな貢献をはたした作家でしたが、明智小五郎や金田一耕助のような主人公を設定した作品をのこさなかったため、いつしかその名を忘れ去られてしまった作家の一人です。だから愛妻の名をもじったペンネーム、大下宇陀児を「おおした・うだる」と正確に読める人も、今では少なくなりました。

しかし、大下の「人間派」とも「社会派」とも称された作風を高く評価したのが、じつはミステリ小説をこよなく愛した花森安治でした。花森は『暮しの手帖』に二度にわたって大下の随筆を掲載しており、かつてこのブログで紹介したように、大下の自選作品集『凧』(早川書房・第二版)の装釘もしています。


花森安治装釘『凧』表紙


今回の特別展開催にあたり、町教育委員会の要請があり、小生も上掲の『凧』のほか、大下宇陀児の写真や江戸川乱歩と花森安治の対談を掲載した雑誌『宝石』など、展示に協力しました。すでに終了しましたが、朝ドラ「とと姉ちゃん」のおかげで『暮しの手帖』と花森安治の名まえが記憶に新しいだけに、大下宇陀児と花森安治のとりあわせは、観覧におとずれた人々に、うれしさを伴った驚きをもって迎えられています。


特別展図録・表紙


開催期間は、大下の誕生日11月15日まで。入場無料。毎日午前9時〜午後5時。月曜休館。 郷土博物館は箕輪町役場の近く。信州が生んだ偉大な探偵作家の生涯と業績について、あらためて広く知ってもらう機会になればと、小生もおもいます。




2016年10月15日土曜日

『暮しの手帖』と花森安治の素顔

カバー おもて


書 名 『暮しの手帖』と花森安治の素顔
共著者 河津一哉+北村正之
構 成 小田光雄(インタビュー)
装 釘 宗利淳一
発行日 平成28年10月15日
発 行 論創社
発行者 森下紀夫
発行所 東京都千代田区神田神保町2−32 北井ビル
印 刷 中央精版印刷(組版 フレックスアート)  
判 型 四六判 本文183ページ
定 価 1600円+税


著者の河津一哉さんから早速ちょうだいしました。
《「素顔」といいながら通りいっぺんで、かの「編集室」の生き生きとした描写の足もとにも及びません》
と、一筆箋に添えられた河津さんのことばは、もちろんその謙虚すぎる人柄をあらわすものであって、本書の内容はけっして「通りいっぺん」ではありません。
河津さんは『暮しの手帖』のもっとも古い男子編集部員で、同じ年に入部の宮岸毅さんとともに、花森安治の厚い信頼をえていた大先輩です。河津さんも宮岸さんとおなじで、とても慎み深く、ことばをよく選んで、テーマとなっている花森安治の本質を伝えようとします。だから読んでいると、おやっとおもうところが必ずあります。そこにテーマを解く<鍵>が埋められています。そこを読みすごすと本書は「通りいっぺん」になるとおもいます。たとえば、河津さんのこんなことば(118〜9頁)に、『暮しの手帖』の栄光と挫折がさりげなく浮かび上がります。

《それと『暮しの手帖』はあくまで花森の雑誌だったということですね。例えば、広告を載せないことは花森の信念とエディターシップに由来するものだし、広告ではなく読者がスポンサーになっていることに自信を持っていた。
そうした彼の信念、エディターシップ、自信といったものは大橋鎭子にしても考えが及ばなかったし、我々も同様だった。そうしたことを含め、花森なき後の会社の将来に関して、見通すことは無理でした。》

本書は、出版状況クロニクルやブログ古本夜話で著名な小田光雄さんによるインタビューで構成されています。小田さんは、出版業界の生き字引と称される博識をもって、さまざまな角度から花森安治と『暮しの手帖』に迫ります。それに相対する元編集部員のうけこたえは、小生も端くれとはいえ元部員だったせいか、心情がよくわかり、節度をもって抑制されたふたりの語り口が、とてもさわやかでした。認識をあらたにさせられた一冊です。

朝ドラ「とと姉ちゃん」と共に、鎭子さんをめぐる多くの書籍がでて『暮しの手帖』はいちやく話題になりました。ドラマがおわり、押しよせた波がひこうとするいま、憲法の尊厳が崩されようとしているとき、花森安治の『暮しの手帖』って、いったい何だったのか、それをあらためて知りたいという方に、本書をおすすめします。

澤田編集長にかわってから、編集部と読者のあいだが狭まり、著者と読者のあいだが近づいたように感じています。それは、上から目線で教えようというのではなく、読者と共に暮しを考え、いっしょに良くしていこうという姿勢への変化、の現れではないでしょうか。言いかえれば、それは花森イズムへの回帰であり、「とと姉ちゃん」はそのきっかけを作り、後押しをしてくれたドラマのように思えます。


【幻戯書房の近刊案内に注目!】
津野海太郎著『花森安治伝』であきらかにされた、花森安治の従軍手帖と、銃後の妻子あてに書いた書簡などが、一冊にまとめられ、11月下旬刊行されます。その概要を幻戯書房のサイトからコピペして以下に供します。来月は、花森安治ファンにとって、ひとしお楽しみ多き月になりそうです。
 
・花森安治 著  土井藍生 編
・書名『花森安治の従軍手帖』
・A5判上製 256頁
・予価2500円 

敗戦以前、花森安治が二度の従軍(38年、43年)と大政翼賛会宣伝部時代に書き残した手帖と書簡類を100余点の写真とともに収録。

<構成内容>
1 「従軍手帖」を含む39年~45年の手帖5冊
2 妻子宛に送った40年~44年の書簡・葉書13点
3 既刊未収録エッセイ、卒業論文「社会学的美学の立場から見た衣粧」
4 巻末資料 回想談・土井藍生 
    解説・馬場マコト(『花森安治の青春』著者)